15年前の初演時は、委嘱初演者の西潟昭子先生のリサイタルで私自身、他の曲に出演するため、リハーサルを何度か拝見していました。まさか自分がこの曲をやるとは夢にも思わなかったです(昨年の夏の時点でもまったく予想もしていなかった)。 今回、演奏の依頼のお話をいただいたときは、嬉しさと怖さと好奇心が交差しましたが、ソッリマさんと共演させていただく機会も二度と無いと思い、楽しんで演奏したいと思います。 曲はスケールが大きく、絃楽器の良さがとても出ていて弾き甲斐があります。 このコンサートを迎えるまでの過程で、自分自身が更なる脱皮出来そうな期待を持っています。そして出演後、自分自身の変化も楽しみです。 |
地球の論理―ジョバンニ・ソッリマ作曲 2019年、スウェーデンの勇気ある少女が地球環境保護を訴えて、大量に化石燃料を消費する航空機での移動を拒否、NY国連総本部からの招きに、ヨットで大西洋を渡った。航空機の自然環境に対する影響に、私も含めてこのとき初めて気づかされた人も多いだろう。 人類が、民間旅客輸送手段としての航空機を手に入れて、もうすぐ90年になるという。航空機によって世界は身近になった。East meets West。洋の東西は出会いやすくなった。少なくとも時間的には。 西アジアに生まれた弦楽器の祖先は東と西の二手に分かれて地球を巡った。東はインド、中国を経て日本へ。西はジブラルタル海峡を渡ってスペインから西ヨーロッパ、そしてシベリアへ。前者の伝播は太平洋を前にして途絶え。後者はシベリアの永久凍土で止まった。 東周りの最終地点で生まれたのが三味線である。下座音楽の雄として、江戸時代の舞台芸術を支えた。一方西周りで、ヨーロッパ音楽の覇者となったのが、ヴァイオリンやチェロなどのヴィオール属といわれる弦楽器だ。だが、洋の東西の演奏家が世界を飛び廻るようになっても、両者の出会いはなかった。ジョバンニ・ソッリマ以前にヨーロッパで三味線と弦楽オーケストラの為の協奏曲を書いた人はいない。 ソッリマはシチリア島に生まれ、シチリアに根を張って躍動している作曲家・チェリストである。シチリアは過去に何度も侵略という不幸な形で、東の文化と出会っている。その中心地パレルモは、かつてイスラム文化の中心地として栄えた。正に東西文化の融合地点である。 恐らく、2005年日本に来るまで三味線に触れたことすらなかった彼の中には、既に東の何かと融合する準備ができていたのではないかと、ふと想う。そうでなければ、ふつう未知の楽器に曲は書けない。では、彼が共振したかも知れない東の何かとは何を指すのか。それは、楽器としての三味線を特徴づける、ビーンと響く音「サワリ」ではないだろうか。 実は、西ヨーロッパで誕生した弦楽器の祖先は、皆「サワリ」を持っていた。楽器伝播の東周り組は、皆このサワリを付けたまま地球を周り、西周り組は、アフリカからジブラルタル海峡を渡ってスペインに入ると、和音の響きの妨げになるという理由からか、このサワリを落としてしまう。ビーンというあの渋いノイズを手放してしまうのだ。20世紀にはいって、ロックバンドがエレクトリックギターにディストーションという音を歪ませる装置を使い始めるまで。 地球をとりまく環境の劣化が進むと、航空機での移動も制限されるようになるだろう。冒頭の少女が、日本へやってくることはもうないかも知れない。東と西は簡単に出会えなくなる。 しかし、本来地球とはそういうものなのだ。 その不便さが何がしかの成熟を人類にもたらすのではないだろうか。 「地球の論理」というタイトルの、この作品の持つ音楽が、その暗喩に聞こえる。
森本 恭正(Yuki MORIMOTO)
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